凶星



頭上から降ってくる生暖かい水。先程まで触れていた肌と同じくらいだろうか。
あまり心地良いとはいえなかったので、温度を少し高くする。これで良いだろう。

こぼれた息の温度は30度。
部屋を満たす湯気に紛れてその温度は上昇する。

水の温度は40度。
汗ばんだ人間の温度と、感覚的には同じ。

自分の手のひらが肌に触れることが嫌で、ただひたすらに水を浴び続ける。
自分の身体が視界に入るのも嫌で、ただひたすらに水を浴び続ける。
呼吸もせず。ただひたすらに。
やがて身体が火照り、熱くなって、そして思い出す。


キョウセイ


瞬間、蛇口を捻る。
過去に戻れば40度、未来に進めば人肌からは離れられる。
そうして肌に残る40度の未練。
その未練は重力に従って、滑り落ちていく。いくつもの未練を巻き込んで。
そうして足元に零れて広がる水に静かに混ざると、身体を膨らませる。
複数回繰り返すと、膨張した水溜りは限界を超え、爆発し、脱力する。


キョウセイ


前髪が視界を塞ぐその隙間から、微かに鏡に写って見えた己の白い肌。
守るために同種となることを選択した白と、守るために汚れを全て引き受けた黒。
どちらも守っているものは、全ての生物が持ちうる明暗幅広い紅。
全ての生物はこの守られている紅を求める傾向にある。それが、この世界のルールなのである。
己を写し出す板から離れ、未練を拭うこともなく部屋を後にする。
一歩出ると、10度の世界が40度の未練を刺激する。
あるものは空気に消え、しかしあるものは肌から体内に隠れ、そしてこの身体に入り込む。
そうして未練が肌から身体に入り込むと、あの肌は忘れても、それ自体は忘れられなくなる。


キョウセイ


40度の未練が、永遠に、忘れさせてくれないのである。



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